1 神さまの愛と救いの計画をまだ知らない人々に、知ってもらうこと。
2 神さまが1人1人に、持っている計画を確認できる一助となること。
3 神さまのことをより良く知るための機会を提供すること。
4 1人でも多くの人が、神様の愛を知る機会が得られるよう、各クリスチャンが神様からの召し、神様の各人に対する御心を知り、応答していく環境を整えること。
(イザヤ6.8、マタイ8.21)
5 召しに応じた行動を支えるため、互いの信仰を尊敬と愛に基づいた関係を持ち、信仰を支え合う(互いの十字架を負い合う)ことが出来る、信仰のパートナーを
見つける機会をつくること。
5 苦しみや困難の中にいる人達の支え、心の拠り所になるような環境をつくること。 社会、そして教会の中でも心が傷つくことがあります。私自身、そのような経験をしてきました。 そのような時にでも、根本的な解決は神様しか持っていないとしても、かたわらに、本心を打ち明けることが出来る、親身になって話を聞いてくれる人の存在は、 大切です。そのような関係をつくれる相手を見つける機会をつくりたいと考えています。 キリストは、ただ単に、救いを確立するためだけに、この世の中に人として来られたのではなく、「心の傷ついた者をいやすために」来られたと預言されていました。 イザヤ61.1-3 * 心の傷ついた者をいやすために * すべての悲しむ者をなぐさめ * 悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせるためである |